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札幌高等裁判所 昭和57年(ラ)15号 決定 1982年8月16日

抗告人

工藤純

外二〇名

右抗告人ら代理人

入江五郎

高野国雄

相手方

清算法人札幌市屯田町土地改良区

右代表者清算人

坂田勝

坂田勝

外一三名

右相手方ら代理人

馬杉栄一

主文

一  原決定を次の通り変更する。

二  相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区の昭和五六年八月三〇日第二回清算総会における原決定別紙第一決議目録記載の決議の効力を停止する。

三  抗告人らのその余の申立を却下する。

四  申立費用は、抗告人らと相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区との関係では第一、第二審を通じて二分し、その一を抗告人らの、その余を清算法人札幌市屯田町土地改良区の負担とし、抗告人らとその余の相手方らとの関係では第一、第二審とも抗告人らの負担とする。

理由

抗告人らの抗告の趣旨及びその理由は別紙記載の通りであり、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

1まず、相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区(以下相手方改良区という)を除く相手方らにつき、相手方改良区の清算人の職務執行停止を求める仮処分申立(別紙第一抗告の趣旨2)については、当裁判所もこれを認めることができないと解するのであつて、その理由は原決定の説示するところと同一であるから、これを引用する。

2(一) そこで、相手方改良区の開催した昭和五六年八月三〇日の第二回清算人総会における原決定別紙第一決議目録記載の決議(以下本件第一決議という)の効力停止を求める仮処分申立部分(別紙第一抗告の趣旨3)につき検討すると、右の申立は本件第一決議の無効確認の訴を本案としているものであるところ、土地改良区については、その清算総会の決議無効確認の訴を認める明文の規定はないが、清算法人である土地改良区の意思決定機関の決議が本来の効力を生じたか否かが問題とされるときは、商法二五二条を類推適用し、それの確定を求める訴を肯定してよいと解される(最判昭和四七年一一月九日民集二六巻九号一五一三頁参照)。疎明資料によれば、相手方改良区は、昭和五五年四月二〇日解散決議をし、同年七月一一日認可を得て清算手続に入つており、右の清算事務として債務の弁済などのほか残余財産分配の手続が進行中である(土地改良法七六条、民法七八条参照)ところ、昭和五六年八月三〇日に開催された相手方改良区の第二回清算総会で本件第一決議がなされたが、右決議の内容である幹線敷地(以下本件幹線敷地という)の地先関係者への優先売渡は、すでに公共性を失つた財産である水路用地を、残余財産分配の前提として換価処分するものであり(土地改良法六九条、七〇条)、便宜本件幹線敷地の売渡先をその地先地主とし、かつ優先的にそれを売渡すとしたものであると一応認めることができる(残余財産分配の方法として、不動産を換価しその代金による以外に、不動産そのものを無償で分配し又は有償でも安価で譲渡することも、土地改良区の組合員の実質的平等を確保する手だてが講じられている限り、もちろん可能というべきであるが、疎明資料によれば、本件第一決議は右にみたように残余財産分配のための換価であると一応認められる。従つて、「本件第一決議は残余財産の組合員に対する分配の決議にほかならない」とする原決定の判断は相当ではない)。そして、残余財産分配手続の一環としての不動産の換価手続において、合理的理由がないのに土地改良区の特定の者が他の者より多くの利益を得るなどのことは、各組合員の平等を害して許されないから、本件幹線敷地の換価につきなされた本件第一決議の内容が著しく公正妥当を欠くときは、その決議は無効であると解される。

(二)  そこで、まず本件第一決議の、幹線敷地の地先地主にその優先買受権を与えることの是非についてみると、疎明資料によれば、相手方改良区の組合員総数一六六名中約七〇名弱が右決議により優先買受権を付与される地先地主であると一応認められるが、前記説示の通り本件幹線敷地の売渡が残余財産分配のための財産処分としての換価である以上、この見地からすればその換価が適正な価格で行われる限り地先地主に売渡することそれ自体は、理論上直ちに妥当を欠くものということはできないと一応いい得るであろう。

しかし、地先地主に優先買受権を付与するときにはえてして、その換価が適正な価格で行われ難いことも事実である。特に後記のように、本件幹線敷地が土地区画整理事業の地域内に含まれ、土地区画整理事業が完成のあかつきには、本件幹線敷地に対応する換地が照応の原則により指定されることは明らかであり、これに伴い、当該土地が将来の含み資産としての価値が大である(このことは経験則上も明らかである)以上、適正な価格での換価ということそれ自体が困難であるのみならず、優先買受権の付与ということで、適正な価格での換価であるかどうかの疑惑が絶えずつきまとい、困難さが倍増することは明らかである。その意味では、優先買受権の付与ということ自体が、実際上、すでに適正な価格による換価を著しく困難又はほとんど不可能に近くし、それは望ましい方策ではないといい得る(地先地主への優先買受権の付与は、全組合員の意思の一致等特別の事情のないかぎり、実際上妥当を欠くものとみられても、已むを得ないであろう。そして、後述のように本件第一決議に基づく相手方改良区の算出した売渡価格が時価に比して低額であるとされている以上、右の点はより強く留意される必要がある)。

この点に関連し、地先地主に優先買受権を付与すべきであるかのような行政指導もしくは行政上の示唆があるかのような疎明資料があるけれども、疎明資料によれば、地先地主たるべき者が、土地を水路用地に提供はしたものの、当時、時価に相当する価格で売却したことは原決定の説示するとおりであり(原決定五枚目表三行目から七行目まで参照)、爾来、少なくとも、数十年水路用地として利用され、地先地主としても右水路と隣接する農地については、隣接地であることに伴い、水路の利用について十分利益を受けていたものと一応推認される。このように、地先地主はすでに永年にわたり水路の利用について十分利益を得ている以上、十分に使命を果たし終えた水路用地の跡地について、なお優先買受権を付与するというのは――たとえ相応の対価を支払うにしても――いささか過ぎた感じのすることは否めず、少なくとも、右のような意味での地先地主の優先的地位を保障すべき理由はすでに消滅しているとみるのが相当である。

(三)  次に本件幹線敷地の譲渡価格につき検討するに、本件第一決議は、本件幹線敷地の売渡価格は鑑定評価額を尊重して決定するとしているところ(Ⅰ)疎明資料によれば、(1)相手方改良区は右決議に先立ち、株式会社北海道不動産鑑定センター及び社団法人道農都市開発協会に、それぞれ本件幹線敷地中八か所につき鑑定を行わせており(疎乙第三、第四、第三二号証)、他方抗告人らは右鑑定価格は著しく低額であるとして、相手方改良区が行つた右鑑定場所中二か所(札幌市北区屯田町四一五番一、同五〇六番一)に近接した二地点(同所四二二番一、同五一二番一)につき株式会社北海道中央不動産鑑定所に鑑定を行わせ(疎甲第一八号証)、かつ不動産業者から買付証明書(同第一九ないし第二二号証)を得ているところ、更に相手方改良区は右二地点についての鑑定を株式会社長瀬不動産鑑定事務所に行わせている(疎乙第三三号証)こと、(2)右各鑑定中、抗告人らの行つた右二地点につきみると、相手方改良区の鑑定と抗告人らの鑑定はその対象土地が近接している(右にみた通り疎甲第一八号証と乙第三三号証の関係では同一地点)にも拘らず約二倍前後(疎甲第一八号証と乙第三三号証間では約2.4倍)の価格の開きがあること、(3)右二地点は、いずれも創成川東西幹線と呼ばれる幹線敷地部分で市街化区域内に在り、その幅は約六間(約一一メートル)であり、南側には約九尺(約2.7メートル)の国溝(現況は埋立済み)をはさんで約八メートルの市道が存在し、その更に南側は住宅地であるが、右抗告人らの鑑定は右国溝の併合利用が可能であるとの前提を付してそれを評価し、他方相手方改良区の鑑定は右併合利用が可能であるとの前提は適当でないとしてそれを評価したものであること、(4)ところで、原決定も認める通り、本件幹線敷地及びその一帯の土地は、市街化区域に編入されており、札幌市において本件幹線敷地の一部及び国溝の寄附を受け、前記八メートル幅の市道を一五メートル幅に拡張する計画を有していて、右市道拡張計画を前提とすれば、本件幹線敷地部分の残余地の幅は約6.6メートルとなり、右の部分が第一種住居専用地域に指定されていることから、建物を建築することが可能な部分の幅は4.6メートルになる(建築基準法五四条)、(のみならず、後述のように、本件幹線敷地部分を含めた礼幌市の土地区画整理事業が計画されており、近日中にその施行が本格化することは明らかである。そうだとすれば、本件幹線敷地の多くは、現実には道路敷地になるとしても、当然これに対し、照応の原則に基づく仮換地または換地のなされることは明らかであつて、前記道路計画との位置関連からみれば、右仮換地または換地も、十分良好な場所になされるものと予想され、その経済的利益は決して少くないことが当然予想される。そして、このようなことは本件決議のなされた時点では当然了知されていたものと一応推認できる。)、(5)また、同市は、本件幹線敷地を含めた屯田地区の土地区画整理事業を計画し、現にその調査作業を行つており、そのため、本件幹線敷地付近の建築確認を行うに際しては、右各計画を前提とした行政指導をしていること、そして、本件幹線敷地を宅地化することは都市計画法上の開発行為に該り札幌市長の許可を必要とするし(同法二九条、八七条)、同土地を売買するときには国土利用計画法により同市長への届出を必要とし(同法二三条、四四条)、この面からの規制を受けることを一応認めることができる。

しかし、(Ⅱ)他方疎明資料によれば、(1)右の(Ⅰ)の(3)ないし(5)の事実については、都市計画法上の開発許可も、「札幌市宅地開発要綱」等の定めに適合することにより可能となるし、本件幹線敷地の処分についても国土利用計画法による規制のもとでそれは可能であり、また、本件幹線敷地中創成川東西幹線の南側に接する前記国溝は将来用途廃止のうえ普通財産として貸与又は譲渡の対象となりうることを一般的に否定することまではできないのであるし、更に前記の計画が存在していても、その計画の区域内に国溝を利用することを前提とする(建築基準法四三条一項)建築確認が現に行われている(私人に対する建築確認のほか、札幌市自身が屯田中学校校舎を右国溝の利用を前提として建築し、現に使用している)こと、(2)前記(Ⅰ)の(3)ないし(5)の事情を知りながら、相手方改良区の前記鑑定価格よりも高額で買受けた旨を申出ている組合員も存在していること、(3)本件幹線敷地と条件は同一ではないが、昭和五五年に、相手方改良区は北海道開発局に対し、本件幹線敷地の近くに所在する創成川支線部分を3.3メートル当り七万円弱で、買収に応じて売渡した事実があるし、昭和五六年道地価調査及び昭和五七年地価公示価格によれば本件幹線近くの住宅地は一平方メートル当り三万五、〇〇〇円を、住宅見込地は同じく一万二五〇〇円を下らないこと、(4)抗告人らの鑑定は、前記二地点につき国溝の存在を考慮して、いわゆる盲地として三〇%の減価を行つていること、(5)原決定は、本件幹線敷地の譲渡価格につき、いわゆる分派線敷地が無償譲渡であつたこととの対比で、時価をある程度減額したものが適正な価格であるとするが、右分派線敷地については、それが現物の分配として無償譲渡されたものであり、しかもその配分を受けない組合員に対して公平のため3.3平方メートル当り一万五〇〇〇円の金銭を交付し、しかも右の処理が組合員全員の承認を得て行われているのに対し、本件幹線敷地部分の売渡は、前記の通り残余財産の分配の前提として換価されるのであるから、それは可能の限り高額で売却されるべきであつて(従つて、本件幹線敷地の売渡を受けない組合員に対する金銭の交付などは考慮する必要はなく、現にそのような取決めはされていない)、本件幹線敷地の売渡価格の決定に際し時価を減額すべきであるとの理由は見出すことができないことがそれぞれ一応認められる。

以上の各事実によれば、本件幹線敷地、更には国溝の利用については事実上の困難を伴うことは否定できないが、その利用が不可能であるとはいい難いのであり、従つて右の点を考慮に入れてもなお相手方改良区の鑑定価格ひいては売渡価格が時価に比して低額であると、現時点においては一応認めることができるというべきであり、右の事実は、競り売りの方法によるならば格別(鑑定価格が時価より低額でも、競り売りの方法によれば適正な価格が形成される機会はある。もちろん国土利用計画法により規制がなされるときは(同法二四条)それに従うことになる)、それによらず本件幹線敷地の地先地主に優先的に買受権を付与するときはその不合理性が一段と増幅される結果になるということができる。

従つて、本件第一決議につき内容的違法が存在するとする抗告人らの主張は一応理由があるということができる。

(四)  そして、本件疎明資料によれば、相手方改良区は、本件第一決議の実現のための作業(売買契約の締結、それに基づく所有権移転登記手続)をすぐにでも実行できる態勢にあり、他方、もしそれらの処分が行われるならば、抗告人らにおいて事後的にこれを回復し、是正することは不能又は著しく困難になるというべきところ、本件第一決議の効力が本案訴訟(札幌地方裁判所昭和五六年(ワ)第二六七六号)において明確になつた後に本件幹線敷地の処分を行つても決して遅くはなくむしろ望ましいものと認められる。

そうすると、本件第一決議の効力を仮に停止することを求める抗告人らの仮処分申立部分については、その被保全権利及び必要性が存在することにつき疎明がなされたものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく抗告人らの右仮処分申立は理由がある。

3原決定別紙第二決議目録記載の決議に関する仮処分申立(抗告の趣旨4)については、疎明資料によれば、当審において右仮処分事件を審理中に、相手方改良区により右決議に基く土地の処分が実行され、相手方今井茂樹が当該土地の所有権移転登記(昭和五七年五月一二日札幌法務局北出張所受付)を取得したことが認められるから(相手方改良区による右処分の実体上の効力の問題は別として)、これについての抗告人らの右仮処分の申立は、すでにその利益が失われたものというのほかない。

以上の通りであつて、抗告人らの仮処分申立は本件第一決議の効力の停止を求める申立部分は疎明があるからこれを認容し、その余は不適法であるというほかないから却下すべきところ、抗告人らの申立を全部却下した原決定は一部不当であるから、民事訴訟法四一四条、三八四条、三八六条によりこれを変更し、申立費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文の通り決定する。

(奈良次郎 渋川満 喜如嘉貢)

別紙

第一 抗告の趣旨

1 原決定を取消す。

2 相手方坂田勝、同福岡博治、同丹羽勝、同坂田博、同高橋芳雄、同一宮正胤、同宮本二三男、同粟生亨、同今井茂樹、同吉田美夫、同古田邦夫、同岡西功、同吉岡廣、同富樫邦男は、それぞれ相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区の清算人の職務を執行してはならない。

3 相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区が昭和五六年八月三〇日に開催した第二回清算総会における原決定別紙第一決議目録記載の決議の効力を停止する。

4(一) (主位的申立の趣旨)

相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区は原決定別紙第二決議目録記載の決議にある土地を相手方今井茂樹に譲渡してはならない。

(二) (予備的申立の趣旨)

相手方清算法人札幌市屯田町土地改良区が昭和五六年八月三〇日に開催した第二回清算総会における原決定別紙第二決議目録記載の決議の効力を停止する。

5 申立費用は第一、第二審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

第二 抗告の理由<省略>

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